確率なんかにすがらない

 スマホゲーばかりでコンシューマーゲーしないようになって幾星霜でございます。 とはいえどっちもゲームはゲーム。 両者の確たる違いを理解しつつも、そのプレイ方法、お金や時間の掛け方で差はつけません。 僕は昔から面白いゲームでは徹夜したりしてたし、1週間に5本中古ゲー買ってその月に売ったりしてたもんねー!(ゲーム底辺)

 お金に関しても、よく友達や同僚が「ガチャにウン万かけた」ゲームは暇つぶしのためにあるのであって、そんなものにお金を使うようじゃこの先心配なんて言ってるのを聞きますが、これも上述したのと同じ、ゲームはゲーム。 基本無料だろうとパッケージ買い取りだろうと、自分の中で定めてる対ゲーム費用に応じた金銭払いをキープすれば宜しい。

 僕の場合、コンシューマーゲームは基本中古購入。 3000円を超えるものは原則として高価であり、THE BEST版や値崩れ2000円台になるまでは手を出さないようにしてる、というより手を出せない。(貧乏性)

 最近だと協力・対戦要素があるものが多く発売されており、周りとの連携プレイが前提とされている場合に新品定価で買うこともあるが、大抵のネット通信モノは値崩れする前に周りが飽きるので、そのタイミングで売り払ってしまう。 そうすると、ゲームに支払う遊戯分の対価は平均3000円あたりで安定する。

 つまり、これが僕にとってのゲーム一本の価値。 支払ってもいい金額の平均値。 飲み会における○次会一本当たりの金額理想が3000円なので、恐らく僕にとっての娯楽全体がこの金額を支柱にしてるんだと思う。 狂ってるとは思わないし、むしろ妥当とすら感じる。 ちょっとゲームが好き程度の人の平均額とすら思っている。

 

 それでも周囲がスマホゲーに散財を続けるのは、ひとえにガチャというシステムが秀逸だからでしょう。 その排出があくまでも確率によって為されるから、運の良し悪しで明暗が決まるから、次こそは、次こそは、って期待が心を突き動かし、何処までも堕ちていく。 こんなんパチンコやスロットと同じ。

 嫌なら辞めればいいのだけれど、周りがやってる、あいつはいいアイテムゲットした、今はダメでもいつか追い越せるかも、なんて念仏が幻聴を起こしてなかなか抜け出せない。 ログインボーナスやら詫び石やらが、脱走防止に拍車をかける。

 スマホゲーの売上競争とはつまり、流言蜚語の情報戦なのだ。 実在しないデジタルアイテムに、存在しない対立を煽られて、虚栄心の戦争を起こさせた国の勝利。 各企業はゲームとしての楽しさではなく、扇動スキルEXを目指して切磋琢磨しており、それは既にゲームではない。 音楽CD単体で売る気のないAKB商法と同じ。

 

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 そんなゲーム情勢への恨み節をつらつらと紡いだが、僕もその檻にしっかりと囚われている事実。 スマホゲーって大したゲーム性も無いくせに中毒性はしっかりこしらえていやがるし、レアキャラが出たらやっぱり嬉しい。 ドーパミンじゅぱじゅぱ出ちゃう。 そんなノリでFGOに合計10000円課金しちゃった/// えへへ///

 しかし、これ以上同ゲームにお金を支払う事は無いだろう。 10000円が既に法外な出費(一流スマホゲーユーザーからすれば微課金だが)という突っ込みもあるだろうが、僕の基準たるコンシューマーゲームにて、あまりにも欲しくて定価で買ったSFCの三國志IVが当時12800円だったことを考えると、まだリミットラインギリギリと言える。

 とは言え課金のベースラインとなっている3000円は容易く超えているし、金銭セーブを断言なんて出来るのか、って疑問は当然である。 大体、まだ欲しいキャラクターは出揃っていないのだ。 赤セイバー征服王(未実装)も欲しいし、兄貴の師匠ポジのスカサハさん(未実装)は勃起レベルで欲しい。 槍で突き合いたい。

 

 それでも僕は断言する。 金輪際、FGOに課金はしない。 未練も恋慕も募るけど、これ以上の投資はしない。

 何故なら、僕には運が無いから。 抽選とか偶然とか運命とか、そういうモノに愛された経験がただの一度もないから。

 

 くじというくじで外れを引くなんてのは勿論のこと、ライブチケットは分母数が圧倒的なもの以外で当選したことが無く、勘を頼りに道を歩いた結果方向音痴の異名がつき、団体で行く風俗ではもれなく全員にハズレをもたらし、童貞卒業の対処女セックスで性病を引き当てる。 全く当たらないのではなく、意図するところと真逆の方向で引き当ててしまう、大いなる天中殺の愛に育まれた悲運の戦士、それが、私、です。 ハハッウケる。(^v^)

 今FGOで手にしているレアキャラはリセマラ(リセットマラソン。いいのが出るまでアプリ削除を繰り返す力技)によって獲得したものである。 確率と言うものが存在する以上、出るまで回し続ければ排出されるのは自明の理。 これで本当に出なければ逆の意味でツキが有るなり、運営元の排出詐欺が疑われるレベルだが、そんなアンラッキーの最高位は獲得させてくれないあたり、僕の持ち運の罪深さを感じる。

 射幸心と言うものは、幸運を得たいという欲求である。 確率が支配する世界でレアアイテムを獲得し、優位を感じたいという欲求である。 その欲求を満たす為に、絶対に当たるわけがないガチャなんぞに金を支払うなんてバカげている。 確率論が僕を救わないことを、僕は生涯を賭けて痛感しているのだ。

 

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 という訳だから、射幸心にやられてスマホゲーに金をジャブジャブ投げ込んでる奴らに対し、ちょっと自分の運に自意識過剰なんじゃないのー?僕みたいにハードラックと踊ってみないとわからないワケー?なんて見下し日記を書き殴る予定でしたが、なんだろう、自分の不幸自慢乙っていうか、好き好んで不幸自慢なんてしたくねえよっていうか、えっと、うーんと、どうしよう、泣きそうだ。

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