自虐と自省

 友人や同僚、先輩や後輩などとのコミュニケーション下において、一定以上の違和感を感じたら我が身を振り返り、自省するようにしている。

 

 たとえば頻繁にあった飲み会が最近少ない、誘っても断られる回数が増えた、話していて話題を切られることが多い、LINEがなかなか既読にならないなど、口に出してしまうと余りにも女々しく、余りにも自意識過剰な数々が、僕にとっての危険信号だ。

 最初から扱いがおかしいならともかく、変化はどんな些細なものでも敏感に感じ取らなくてはならない。 変化には大きな力が必要で、変化が発生しているという事態そのものに、僕たちはアンテナを張り巡らせるべきなのだ。 相手がどれだけ親しかったとしても、変わらない存在など有り得ないのだから。

 

 当然、いくら気を使ったところで自分ではどうしようも出来ないこともある。 別れた彼氏と顔が似てるとか、トラウマワードをたまたま発したとか、そんなピンポイントな超難度地雷は防ぎようがない。

 また、仮に防ぎようのある何かであったとしても、その行動にプライドや信念が引っ掛かっているのであれば、踏み止まることは出来ないだろう。 地雷と分かって踏み込む場面だってある。 相手の顔色を伺っているだけでは、生きにくくてしょうがない。

 とはいえ、その判断が出来るのは地雷を認識した時だけ。 もしかしたら直せる何かかもしれない。 もしかしたら迂闊な何かかもしれない。 時間が経ってから思い返して初めて気付くことだってある。 そうやって自問自答を重ね、疑惑の仮定を作り、真偽を問い質していこうという賢明な姿勢があれば、違和感を感じた相手とも更に深いコミュニケーションが取れるに違いない。

 仲良しだから気を使わない、僕を理解出来ない奴は知らない、じゃない。 疑い尽くして知り尽くした相手だからこそ、何をやっても大丈夫、何をやってもダメ、という解答が得られる。 実際には自分の全てを受け入れてくれる人も、何も受け入れられないなんて人もいないのだから、親友だの恋人だの家族だの、理屈のない肩書きで思考を放棄してはいけないのだ。

 

人は疑うべきだよ
ホラ秋山さんもこう言ってる

 

 一方で、この思考のサイクルはあくまでも内側に潜めておかなくてはならない。 自分の中で消化するからこそ自省になるのであって、他人に吐き出してしまえばただの自虐、リスカを見せびらかしてる自傷野郎と変わらない。

 僕のここが悪かった?私のあれがまずかった?なんて聞いてハイそうですと返せる奴は希少だし、悪いところがあるならハッキリ言えよ!なんて、そんなヒステリーを起こすような奴だから言えねえんだ、っつう話だし、ごめんねもう近づかないね・・・なんて妙な反省の仕方をされれば「コイツ面倒くさいから今後何かあってもなあなあで返そう」なんて突き放されること請け合い。

 つうか、相手に真偽を問うまでもなく、何か違和感を感じて答えに心当たりがあるのなら、黙って正してみればいい。 “謝罪の言葉が必要なこと”が答えならともかく、態度や行動が違和感の答えだとして、直しますだの直せないだの主張するのはズレを感じるよね。 根源はさておいて僕が悪い僕が悪いって叫ぶのは、ホラ反省してるホラ許せって巧妙なしたたかさが透けて見える。

 

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 今回はネガティブな要素を前面に出したけど、ポジティブな要素も含め、自らの客観的な評価を正しく識る、ってのは社会において大切なこと。 普通や正義なんて環境がモノを言う言葉なのだから、自分の立ち位置を補正する為に客観性は不可欠。

 だってそうでしょう? ゲームクリアの為の最適解・効率重視の無言プレイは和気あいあい馴れ合い集団に嫌がられるし、チャットばかりでロクに動けない初心者プレイヤーなんてガチ勢からすればBAN対象。 どっちも間違いじゃないし、どっちも一つのプレイスタイル。 でもどちらも対照的な対象からは巨悪として扱われる。 普通や正義は、平均によって象られるものなのです。

 

 だから、この夜勤明けのフラストレーションを吹き飛ばしたくて友達に声かけまくってるのに全滅するとか、オ・ト・ナの女が来るって言ってるのに踏みにじられる合コンとか、続く夜勤でやけ食いしてるのに体重2キロ落ちてるとか、2日空けてもオナニーのノリが悪いとか、そういう変化はことごとく危険視すべきだと感じるワケですよ。

 ね、何、これって全部加齢? 加齢の一言で済んだりするの? オッサンとは呑みたくないってこと? 代謝以上に体力が落ちてるってこと? 性欲も下り坂ってこと? 澤穂希とは呑みたくないってこと!? 呑みたくないってこと!(断言)(もう誰か助けて)(あぁ、助けてとか僕ウザぃね・・・ごめんねもう近づかなぃね・・・)(゜c_,゜`|壁

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