酒を飲んでも酔わないようにするのは肉体。
そもそも酒を飲まないってのは精神。
何を話しても話がつまらないのは肉体。
何度も何度も話がしつこいのは精神。
壁にぶつかって乗り越えるのは肉体。
壁にぶつかって耐え忍ぶのは精神。
障害を飛び越える“結果”には相応の脚力が対価として不可欠だけど、飛び越えようって“経過”を吐き出す心に、相応のナニかは必要ない。 対価なんて、お前がそう想うか想わないか、それだけだろ? だったらそう
精神は頻繁に軽視される。 告白してフラれた人は同情され、告白出来ずただ見ている人はヘタレと貶される。 職場で徹夜して居眠りしてしまった人を同僚は手厚く見守るが、居眠りするぐらいならと徹夜せずに帰社する人を同僚は根性無しと見放す。 癌で死ぬのは仕方ないが、うつ病で自殺するのは本人の問題だとされる。 どれも結果は同じなのに、精神に敗れた人は軽視される。
そうじゃねえだろう。 想い次第ってのは、良くも悪くも想い次第なんだ。 どうにでもなっちゃうような儚いモンを、常に正解と思わしき方向に向け続けるなんてのは、並大抵のもんじゃない。 喜びを押し込み、怒りを噛み締め、哀しみを乗り超え、楽しさを投げ捨ててまで、常に正解と思わしき方向に進み続けるなんてのは、もはや人間じゃない。
だからもう「やれば出来る」「願えば叶う」なんて美辞麗句はやめようよ。 や、逆説的な意味でやらなきゃ出来ないことも、願わなきゃ叶わないこともわかるよ。 でも、「(死ぬまで)やれば(いつかは)出来る」なんて呪詛、行動さえ起こせば結果はついてくるなんて自己催眠、高らかに掲げるようなものじゃないんだよ。 こんな言葉が出回る事態が、精神軽視のいい証拠だ。
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頑張らないと、精神を酷使しないと、その壁は飛び越えられない、肉体の強化は臨めない。 肉体と言う名の通行券を得る為に、精神をカンナで擦る、擦る、擦る。 どっちが欠けても人生楽しく生きられないって言うのに、なんで一方だけを有難がるんだろう。 おかしいね。
だってそうだろう? 相手が四六時中白目剥きながらイキまくるほどの指テクを手に入れても、それで発情出来る精神が伴わないと何の感情も湧かない。 発情出来なきゃ潮吹きはただのおしっこだし、膣穴は汁の出る虫の体皮だし、イキ顔は福笑いのにらめっこだ。 百合もスカトロもロリショタも全部、興奮出来るココロあっての性癖なのサ・・・!(清々しいほどに良い事言った感のどや顔で)
