人間如きがそれを語るな

 「自分がやられて嫌なことを人にするのはやめましょう」

 自分というサンプルを元に、“これは僕にとって嫌なことだ、だから他の人にとっても嫌なことである可能性が高い”として、行動をめる。

 仮に自分が異常で、他の人にとって嫌なことでは無かった場合でも、行動を起こしていないのだから、何らかのリアクションが返ってくることはない。 どう転がっても誰も損をしないし、誰が何を得ることもない。 要は防御策なのだ。

 

 「自分がやられて嬉しいことは他人にも薦めましょう」

 自分というサンプルを元に、“これは僕にとって嬉しいことだ、だから他の人にとっても嬉しいことである可能性が高い”として、行動をこす。

 仮に自分が異常で、他の人にとって嬉しいことでは無かった場合でも、行動を起こしている以上、必ず何かしらのリアクションが返ってくる。 転がり方によっては誰かが得をするが、誰かが何かを失うことだってある。 要は攻撃策なのだ。

 

 「それ、自分がやられたらどう思う?」

 自分というサンプルを元に、“これは僕にとって××なことだ、だから他の人にとっても××であるはずそうだろう?”として、行動をそうとする。

 これはどう考えても、共感と言う名の強制。 僕がチーズ好きだからって、世界全てがチーズLOVEに満ち溢れているワケじゃない。 そりゃチーズ好きもいるだろうけど。

 この手の輩は、相手が頷くこと、頷かせることしか考えていない。 自分の正しさを疑っていない。 「いや僕はそうは思いません」なんて返しは適切だが、感情を逆撫ですることは疑う余地もない。

 とはいえ、妙ちくりんなことを聞かれたから、それは違うよ、と諭すだけで激怒されるとかなんてトラップ。 これが世界の正体だ。

 

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 言葉の意味・正確さだけを貫いていけば、いつしか壁にぶち当たる。 僕たちは人間で、僅かな感情の機微や複雑怪奇な場の空気などを読み取りながら、難解としか称しようのないコミュニケーションを無意識にこなせる高等生物、・・・の、はずだ。 ほんの少し、ほんの少し想像の枠を外側に出すだけで、目指したゴールは簡単に手繰り寄せられる、・・・はずだ。

 “この行動は読み誤った時のリスクを大きく孕んでいる”、“僕の考えが世界共通なワケがない”、そんなちょっとした想定、先読みだけでいい。 真相を理解する必要なんてない。 手を伸ばそうという気持ちが、手を伸ばせるだろうというifが、咄嗟のフットワークに直結するはずだ。 世の中は難解で、それ故に面白い。 お前如きの矮小な物差しで、世界の価値を下げるな。

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