足が臭い。 いや、正確には臭くなった。 私は臭くなかったはずだ、しかし今足が臭い。 凄いという形容詞が付随するほど、激烈という副詞が付随するほど、とにかく、とにかく、まあ臭い。 何故だ、何故こうなってしまった。 私の足は、何故、どうして、一体・・・――――
時を遡ること、凡そ96時間――――
私の仕事は紛れもないサラリーマンだが、営業などの客先作業がある人以外、オフィスカジュアルOKとなっている。 とは言え、職場でイチイチ色目使うのも面倒だし、私は管理がラク且つ安価且つサラリーマンっぽいアピールが出来るリクルートスーツセットで出勤している。
上下スーツにスニーカーはカジュアルすぎるきらいがあるし、急な雨降りのことも考えると、足元は必然的に革靴となる。 ただ、オフィスカジュアルが許される職場で本革の靴履くのも阿呆らしいので、買うのは1,980円ほどの合皮靴だ。 お金を稼ぐ仕事の為にお金を浪費するのは、至極馬鹿らしい行為だとは思わないかい。
そんな革靴一本で、春夏秋冬を渡り歩く。 歩くと言ってもデスクワーク主体なので、基本通勤以外で歩き回ることはない。 それでも合皮は蒸れやすいと聞くし、野原ひろしの靴下は有名だ。
故に、臭気取りの中敷きを入れ、靴下は抗菌系の黒ソックスか、五本指ソックスを愛用し、デスク下では靴を脱いで過ごしている。 これでニオイ対策は十二分だろう。 そう思っていた。
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およそ1年履いた安靴は、ソールに数箇所小さい穴が空いていたり、中敷きが擦れて表面が剥がれたりしていた。 まあ、安いというのはこういうこと。 覚悟はとうに出来ている。
これがまともな革靴なら、相場だと2万前後の費用がかかり、細かな手入れも必要な上、ソール交換をしなければ保って3年。 一方、1,980円の安靴を毎年買い換えれば、同じ金額で10年保つし、手入れゼロで毎年新品を使える。 費用対効果抜群というやつだ。
安靴のヨレっぷりを見て、そろそろ買い替え時かな、と。 何気なく仕事の休憩時間に脱いだそれを拾い上げ、ソールの減り等を確認しよう、と。 顔を近づけた。 事件が起きたのは、その瞬間。 いや、私が気付いていないだけで、事件は既に起きていたのだ。

よく匂いの擬音語で『ツーン』って表現が用いられるけど、そんな可愛らしい響きじゃあ決して無い。 ムアッとした温風と共に、ズゥゥ…ン、と。 地下神殿が迫り上がってきたような擬音が脳に響き、その強烈なスメルアッパーが脳を揺らし、飛び込んできた涅槃の映像が脳を歪めた。 私は万華鏡写輪眼を直視してしまったんだと錯覚した。(サスケェ!)(臭ェ!)
刹那、喉元に強烈な酸気を感じ、私は現実の世界に引き戻された。 本当に吐きかけた。 すんでのところで嘔吐物を飲み込んだ私は、改めて目の前の化学兵器に視線を落とした。 外歩きも無く、定期的に靴を脱ぎ、中敷きによる臭気取りも、靴下の対策もしていてこの破壊力・・・、・・・これがサラリーマンなのか? お父さんのお靴くさ~い!とか、そんな感想に収まるレベルじゃない。 人が・・・死ぬぞ!(真剣な眼)
衝撃だったのは、想定外の臭さだけじゃない。 私は自己防衛として、洗濯カゴに入れる前の靴下を嗅いだり、出勤前に靴の中を嗅いだりして、自分の匂いは大丈夫だと言う確認作業をし続けていたのだ。 確かに、脱ぎたての靴を嗅いだ事はなかったが、匂いとは蓄積するもの。 直後だろうと数時間後だろうと、その臭気の残り香くらいあっても良さそうなもの。 でも、安靴に履き替えてから、その片鱗すら感じたことがなかったのだ。
これじゃあ世の足臭おじさんたちに自覚症状が現れないのも無理はない。 職場でわざわざ靴の匂いを嗅ぐか、周囲に指摘されない限り、サイレント足臭おじさんとして顕現し続けるのだと思うとゾッとする。 なんなら私の島(注:デスクのカタマリ)の向かいに座ってるお局女子(会話経験無し)は、ずっと私のことを足臭おじさんだと思っていたのだろう。 今すぐ脱ぎたての靴下を口の中に詰め込んで死にたい。
私は帰宅後、安靴の中にファブリーズを吹き込み、10円玉を敷き詰め、丸めた新聞紙で蓋をした。 中敷きは中性洗剤で洗ったが、お湯につけた時にあの匂いがこみ上げて来るし、何度洗剤をつけても匂いが消えないので、恐らく吸臭効果が飽和状態にあったのだと推測された。 引っ越ししたら安靴ごと中敷きも廃棄しよう。 それでとりあえずリセットのはずだ。 大丈夫、私はリセットできる。 大丈夫。 これでとりあえずは、とりあえずは――――
――――そして、現在。

会社には冠婚葬祭用のちょっといい革靴を履いて出勤した。 奴は死んだ・・・リセットは失敗した・・・、それでも私は歩みを止めるワケにはいかないのだ・・・!(サラリーマンなので)
普段履いていないほぼ新品の靴を使っていても、昼休憩・トイレ時の内部臭気確認は欠かせない。 ・・・よし、とりあえずまだ臭くはなっていないようだ。 大丈夫、まだ大丈夫、・・・いつまで大丈夫? 私の足は、大丈夫なのか?
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嗚呼、私は足が臭い。 いや、正確には臭くなった。 私は臭くなかったはずだ、しかし今足が臭い。 これは純然たる事実だ。
足なんて、毎日きれいに洗ってれば臭くなるワケないと思っていた。 足が臭いやつは靴下の洗濯の仕方が悪かったり、定期的な靴の換気を怠っている奴だとばかり思っていた。
しかし、足の臭いとは昨日今日のケアではなく、蓄積なのだと知った。 私は安物の合皮靴を、週5日徹底的に履き潰し、ケアを怠った。 私の足が臭いのではなく、私が足を臭くしたのだ。 私はなるべくして、足臭おじさんと成った。 事実を受け入れろ。 事実を・・・クッ、足臭・・・おじさんッ・・・!(受け入れ難し)
この深い絶望、深い憤り、お分かり頂けるだろうか。 もう仕事明けに誰かの家へ遊びに行けない。 お座敷形式の居酒屋に行けない。 屈服プレイで足の指を舐めさせたり出来ない。 ・・・ハッ、待てよ、私は合皮靴のせいで、とか思ってるけど、通気の良いスニーカーが大丈夫なんて保障はないぞ!? だって私は足臭おじさんンンーーーーッ! 職場に足湯を用意してェェェーーーッ!(残り湯でバイオハザード必至)
