僕のネッ友がそんなに可愛いワケがない

 ネット友達のルックス、ってのは最も知る必要の無い項目の一つだ。

 

 ネットナンパなら別だ。 会う事を前提とし、性交渉を目的としているなら、ルックスほど重要なものはない。 要は、実社会の合コンと同じ感覚で宜しい。 性格も面白さも二の次三の次で、セックスした時に気持ちよくなれそうなチャラ女か、人見知りの激しい処女系美女を漁れば宜しい。

 でも、ネット“友達”を得るなら、ルックスなんてむしろ枷である。 ネットとリアルにおける最大の差異は、発信者の望む表面だけで付き合えることだ。 それこそ顔に自信がある奴はニコ生で釣るのだろうし、べしゃりが得意な奴はラジオやスカイプミーで出会うのだろう。 文章センスが巧みな奴は、TwitterやBlog、チャットで名を馳せていく。 自分の好きな項目をアピールすることが出来るのだ。

 リアルとなれば話は別。 どうやったって、外見からの取っ掛かりにならざるを得ない。 スゲエ面白いのに破滅的に不細工だったり、スゲエいい人なのに悪魔的なワキガだったり、センス抜群なのに吃音症で言葉が聞き取れなかったりって人は、第一印象において大きな壁が出来てしまう。 中身が全てとキレイゴトを言ったところで、ゼロから人を知るのに外見は看過出来ない。 たとえ中身がスッカスカだとしても、まずは外見に優れた人の周りに人は集まる。 自明の理。

 顔が悪くて体臭がエゲつなくて滑舌が悪いのに、中身だけ取り出してみたら面白い、なんて奴はザラにいる。 自己の外見への劣等感が、他者への優しさに転化されている、なんて例も多々だ。 人は外見が9割なんて嘘っぱち。 そりゃ全くゼロとは言わないし、外見で人を判断するリアルにおいては“当たる”情報なんだろうけど、ネットとごちゃ混ぜにしてもらっては困る。

 

 

 一時期広まったtweet。 これを得意げに「あるあるw」とretweetしたりふぁぼってる奴らは、リアルの延長としてインターネットを扱っているのだろう。 それはそれで構わないと思う。 全否定する気はさらさらない。

 だが、ここはネットだ。 外見に滲む人間性など参考にもならない。 内弁慶だろうと、別人格だろうと、際だったその一部分がインタレスティングならば、友好の利害関係は成立する。 文字に滲まない性格の陰鬱さなら気に病むことは無いし、声に灯らない悪辣な生活態度など指標にもならない。 リアルでは無視出来ない外見を無視して、得意分野を拾い合えるのがインターネットなのだと僕は思う。

 当然、見事なまでに偽装されることもあるだろう。 仲良くなって現実でも会おうという話になって、会った相手が社会の底辺を形容したような人間だったとしても、それでも中身が良かったんだから問題無い、・・・とはさすがに言えない。 言えないが、外見から誘われて中身スカスカパターンの逆だと考えたらどうだろう。 どんな人間にも二面性はある。 外見から入ったか、内面から入ったかの違いだけで。

 リア充のクソどもに言わせれば、

 「それでも外見を見れば人間性が透ける。インターネットではその判断が出来ない。だからリアルで会った方が、人間を知る上での精度は高い」

 ということだ。 外見に恵まれたものの詭弁にしか見えない。 こんな知った風な奴らの薄っぺらな観察眼のせいで、現実社会では舞台にすら上がれない奴らがごまんといる。 ネットはいくらでも隠蔽が効く掃きだめかもしれないが、誰にでも平等に輝けるチャンスが与えられる。 顔であれ、声であれ、絵であれ、プログラムであれ、自分の特化した何かを前面に押し出せるんだ。

 ちなみに、何一つ特化せず全てにおいて魅力がない人間は、リアルでもネットでもダメである。 世界はそこまで平等ではない。 但し、飛び抜けたネガティブに光を感じる人間だっている。 需要と供給は平坦化せず、電子の海を漂っているだろう。 何を得るも、失うも、君の匙加減だ。 電脳世界は、新たなギフトの到来を待っている。

 

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 僕には、ネットじゃなければ会えなかったであろう友が多数いる。 単純に年齢差であったり、職業差であったりする場合もあるが、外見だけで言えば絶対に馴れ合わなかったであろう人間がほとんどだ。

 イケメンや美女は苦手だけど、字面から発展したからこそ仲良くなれた、なんて例もあるし、ストレートに童貞三十代後半なんてのもいる。 彼・彼女らがネット上に自分の写真を公開していたとして、今のような関係があっただろうか。 絶対に無い。 断言したっていい。 それは僕が外見による差別を行う人間だからだ。

 僕は相手に外見の提示を求めない。 でも、妄想はする。 きっとこの子は推定Dカップの裸Yシャツ美女だろうとか、この人はガチムチだろうとか、脳内で弄んで満足する。 そりゃ外見が良ければそれに越したことはないんだろうけど、んなモンはオプションに過ぎない。 会う必要が出来た時、会いたいと思った時、初めて気にすれば宜しい。 実像なんてのはその程度のウェイトだろう。

 少なくとも僕は、顔の補正無しでは楽しめない程度の話術野郎とネットで絡みたくないし、顔の補正無しでは友情も深められないような性獣と友達になんてなりたかない。 顔を出すのも人生経験で語るのも選択肢の一つに過ぎないんだぜ。

 

 ネットでは調理技術が全てだ。 素材しか提供出来ない高品質厨はリアルにすっこんでろ! すっぽんでろ? すっぽんフェラチオ女出ろ!? すっぽんのような粘り付くフェラチオで僕の精液よ飛び出ろ! ジョバババーッ! ジョバババババーッッ!! ホントひどいな今日のオチ!(いつものことです)

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