どれだけ親しくても、何年の付き合いでも、周りから見れば「なんだそんなことで」ってことで破綻してしまう関係があります。
例えば、目玉焼きは、醤油か塩か。 例えば、手を繋ぐ時は、右手か左手か。 例えば、お礼を言う時は、ごめんなさいかありがとうか。 例えば、前戯の順番は、キスからか乳房からか。
そんなくだらないボタンホールの掛け違いで、全身を拘束する囚人服が出来上がる。 ボタン1個ずらすだけでいいのに、なんて囚人服を着込んだことの無い奴は口々に嘲る。 誰だって、好きで刑に服しているワケじゃないのに。
親しいからこそ、長い付き合いだからこそ、「なんだそんなことで」がそんなことじゃないとわかってしまう。
例えば、目玉焼きを変えることは、相手の食文化を否定すると言うことだ。 例えば、繋ぐ手を変えることは、相手に違和感を強要すると言うことだ。 例えば、お礼の表現を変えることは、相手の感性をねじ曲げると言うことだ。 例えば、前戯を変えさせることは、相手のプライドを引き裂くと言うことだ。
その変革を親しき相手に強要するのか、否、強要出来ないことが長年の付き合いでわかってしまっているのではないか。 親しいからこそ、押し付けたくないのではないか、親しくなったのは押し付ける前の相手ではなかったか。
あいつは絶対に曲げない、あいつは絶対に嫌な想いをしている、あいつの生き様がその言葉を生み出している、あいつの経験がその行動を引き起こしている。 それらに真っ向から立ち向かうとして、根っこにあるのは自分のエゴではないか。 エゴの為に、自分の気分の良さの為に、相手の習慣を変え、心を変え、我慢を強いる。 さもなくば、自分が同じ想いをする。 ならば。
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親しき仲にも礼儀あり、なんてことわざは謳います。 仲が良くとも、度が過ぎて礼を失するようなことがあってはいけないという戒めです。 親しいから何やってもいいって思ったら大間違いだ!って言ってんだろうけど、まさにその通り、親しいからって心の内を全部見せたら馬鹿を見るのは自分だけ。 どうせ誰も受け入れちゃくれないんだから。
好きな子には嘘を吐きたくない!つって過去の女性遍歴や現在のセフレ歴や自分の性病歴を全部告白しても、それは嘘偽りない真摯な男としてではなく、そういう前科を持った凶悪犯罪者ですって名乗りを上げたようなもの。 得られるのは疑惑と不信と、崩壊へ繋がる確かな楔のみ。 経験したからこそ、全てを吐露することを断念して日々上っ面ってるってのに、この上どこを隠蔽して生きればいいのだろう。 マスクしすぎて、そろそろ自分の全体像がモザイキングだぞう。
伏せ隠しておくのは仮性包茎だけにしとけ、っていうオチとしてはあまりにあんまりな。 オチんちーん!(にっきは、できるだけ、まいにち、かこう!)
