最初は、ただの地鳴りのようだった。
小刻みに揺れ動く大地が、自身の心のように、崩壊を告げているのだと思った。
やがて震動は音になり、つんざくような騒音と化して、僕の耳を襲撃した。
しかし、耳を抑えてしゃがみこむ僕に飛び込んできた光景は、触覚や聴覚への衝動以上に、五感を震え上がらせる。
男性器、だった。
小さいながらも男性器が、そこに生えていた。
僕は何度も目を擦り、何度も男性器を凝視した。
手にこびりついた白濁色が眼球を刺激し、目を開けるのも辛いほどの激痛に苛まれたが、そんなことを気にしてはいられない。
揺れと白濁色で思うように動けない四肢を、僕は必死に引きずった。
本当に男性器なのか、確かめたくて。
失ったはずの男性器を、この手に収めたくて。
* * * * * * * *
この世界は一度、終わっていた。
全ての生命が死に絶えて、屍が大地を作り上げた。
ある日、屍から一人、這い上がる者があった。 それが僕だ。
何故、僕だけが生き残れたのかはわからない。
結果として、僕が生き残ったという事実だけが残った。
這い上がった世界には、何も残されていなかった。
僕は退屈を極めた。 この世界には何もない。 見渡す限りの、無に満ちた、無。
何もすることがなくて、手持無沙汰なこの僕と、生命の欠片すら見当たらない、潰えた大地の状況が、妙にリンクしていて嫌だった。
何故、大量の男性器があったのかはわからない。
結果として、無限に等しき大量の男性器が世界に植わって行くという事実が発生した。
不透明な成り行き、不透明な白濁色。
そして、奇跡は起こる。
生命力に溢れた白濁色は、屍から魂を新生したのだ。
地鳴りは、出産の衝撃に震える大地の衝動だった。
騒音は、誕生した生命が自己を主張する産声だった。
そして、今。
此処に、生命、成れり。
世界が再び、物語の幕を開く。
* * * * * * * *
ぶちっ、ぶちぶちぶちっ、ひょいっ、ぱくりっ。
僕は辿り着いた場所で、夢にまで見た男性器を掴み、そしてそれを、あっけなく千切り、口に放り込んだ。
震動は一層大きくなり、そして止んだ。
騒音は一層大きくなり、そして止んだ。
始まりの鼓動が、始まりの音色が、一つ消えたことに、僕は気がつかなかった。
頭を占めていたのは、こんなにも簡単に千切れ、ただの肉塊へと変わってしまった男性器の貧弱さと、本来知るそれとの差異だ。
なんだ、これは。
こんなものは、男性器ではない。
一瞬込み上げた希望が、尋常じゃない速度で属性を裏返す。
僕の心は再び闇に染まりかけ、都度、新たに出現した男性器を見つけては息を吹き返し、また握りしめて千切っては、息を吸うように男性器だったものを食し、光を閉ざして行った。
ぶちっ、ぶちぶちぶちっ、ひょいっ、ぱくりっ。
僕は気付くべきだった。
男性器とは、口に含むもの。
千切ったそれを無意識に食している身体が、それが男性器だと言う何よりの証明だと言う事に。
ぶちっ、ぶちぶちぶちっ、ひょいっ、ぱくりっ。
僕は気付くべきだった。
僕は気付くべきだった。
僕は気付かなかった。
僕は気付けなかった。
ぶちっ、ぶちぶちぶちっ、ひょいっ、ぱくりっ。
ぶちっ、ぶちぶちぶちっ、ひょいっ、ぱくりっ。
ぶちっ、ぶちぶちぶちっ、ひょいっ、ぱくりっ。
ぶちっ、ぶちぶちぶちっ、ひょいっ、ぱくりっ。
・
・
・
全ての男性器を喰い尽し、再び屍だけになった世界で、僕は緩やかに終わりを告げた。
心が、身体が、生きる為に必要な何もかもを失っていた。
物語の幕を開いたはずの世界は、その可能性を導いたものに再び閉ざされ、そして、二度と蘇ることはなかった。
男性器を千切られ、終わってしまった肉塊が、世界に敷き詰められた白濁色を吸い上げる。
激痛でくの字に折れ曲がった体躯は、時と共に丸みを帯び、やがて球体の肉塊となる。
そんな白濁色を詰め込んだ球体が、新たな世界の象徴となった。
もうはじまることのない世界で、黄金に光った球体が、煌煌と輝きを放ち続ける姿はひどく滑稽で。
だから“僕”は、高次元に位置する神たる“僕”は、そんなメタファーに満ちた世界を見て。
凄まじい生命力に満ちた睾丸から生成された精液で、欲求不満の痴女の膣口にアレコレをねじ込んでやりてえなと、そう強く、強く強く、思ったのでした――――。
適わぬ夢の、群像浪漫譚。
終わり
