絶望は、唐突に訪れた。
見馴れた男性器の森林が、360度いっぱいに広がっている。
進むべき、眼前に、男性器の森林が広がっている。
亀頭は、丸い。
しかし丸いのは、亀頭だけではなかった。
世界も、恐らくは丸かったのだろう。
僕は気付かなかった、気付けなかった。
その時はじめて、世界を知ろうともしなかった自分を、悔いた。
悔いるのを辞めれば、必然的に現実が迫り来るから。
旅は終わりだと。
男性器を植えるスペースは、もう無いのだと。
僕は、顔を両手で塞いだ。
世界から自分を隔絶するように、必死に塞ぎ込んだ。
手から、慣れ親しんだ男性器の匂いが立ち込めてくる。
僕はそれを、思い切り吸いこんだ。
思い出に浸るように、失った時間を取り戻すように、手のひらを鼻孔に押し込めて。
嗅いで、嗅いで、嗅いで、嗅いで。
嗅いで、嗅いで、嗅いで、嗅いで。
不意に呼吸が覚束無くなり、僕は手を離した。
地面にばしゃっと、大量の水が零れ落ちる。
目にするまで全く気がつかなかったが、水源には心当たりがあった。
嗚呼、これは涙だ。
僕は現実を受け入れられず、手のひらを埋め尽くすほどの涙を流していたのか。
自身の状況が受け入れ難く、僕はまた、手のひらの残り香に浸ろうとした。
しかし、溜まった涙の水圧が、男性器の匂いを薄めてしまっていた。
これじゃあ、深く思い出に浸ることが出来ない。
中途半端な香りでは、僕の脳裏を刺激することは敵わない。
重なる絶望に我を忘れた僕は、狂ったように周りを見渡した。
逃避出来る何かを探して、逃避すべきナニかを見つけ出した。
匂いの大元なら、さっきまでずっと、自分が植え続けてきたではないか。
餌に気がついた飢餓の獣のように、一心不乱で男性器にしがみ付く。
そう、この匂い、この匂いを僕は失った、失ったモノを僕は、僕自身に、取り戻さなくてはならない。
次の瞬間、僕は全身を男性器に擦り合わせていた。
失ったモノ、匂いを、存在意義、世界、自分自身、その全てを取り戻そうと、僕は無心で身体を擦り付けた。
しゅしゅ、しゅ、しゅしゅしゅ。
しゅしゅ、しゅ、しゅしゅしゅ。
どれほどの時間、身体を擦りつけていただろう。
心を慰める現実逃避は、原初の絶望と同様に、唐突に終わりを迎えた。
どぱぁん!という激しい音と共に、擦りつけていた男性器は、僕の抱擁を擦り抜けて消えた。
それはさながらロケットのように、激しい白濁色を撒き散らしながら、愛しき男性器は視界の外へと飛び去って行った。
声にならない声を上げた僕は、飛び去った理由や体にへばりついた白濁色に思考を回さずに、次なる男性器へと飛び込んで行った。
束の間の至福が全身を包む。 しかし、間もなくして、またしても飛び去っていく男性器。
僕の心は再び壊れ、新たなる男性器に飛びかかる。
やがて来る終わりを想えど、男性器への動きを止めることは出来なかった。
しゅしゅ、しゅ、しゅしゅしゅ。 どぱぁん!
しゅしゅ、しゅ、しゅしゅしゅ。 どぱぁん!
植え続けた日々の何倍もの時間を要し、それでも確実に、かつての光景は廃れていった。
男性器が一本、また一本と消えていく中、カビ臭い白濁色が、新たな大地の支配者となっていた。
さながら雪景色のように荒野を埋め尽くす白濁色。 しかし僕は、かつての男性器に心を奪われたままだった。
縋れば縋るほど、数を減らして行く男性器。
かつて心を躍らされた矛盾に、目的を感じていた僕は、もう何処にもいなかった。
・
・
・
気が遠くなるほどの時間が流れて、気が遠くなるほど膨大だった男性器が数えるほどになって。
そして、最後の一本が飛び立った時。
全身に刻み込まれた皺と、白濁色によって整地された大地のように。
僕の物語と、世界の物語は、思いがけない軌跡で交差したんだ。
それはまるで、かつて抱かなかった、抱く事が出来なかった、大志を模ったように。
思いがけない奇跡で、交差したんだ。
続く
