それってつまり、思われる程度には自分の形を相手に示すことが出来た、って事なんだよね。 不可解すぎて判断を止めたにしろ、拒絶されるってことは、ある程度まで踏み込めた証拠。 上っ面だけの関係なんて無いのと同じ。 紡ぐのであれば、やはり内側に迫った関係でありたい。
嫌なところはなんとなくスルーしといて、関係だけは維持していこう、なんて美味しい関係は真っ平御免。 拒絶か賛同の二択でいいんだよ。 数合わせの友人を大量に築いて、コマみたいに雑に扱って、戦争でもしようってのかい。
そんなピーキーな人間関係だけで渡り歩けるほど社会は甘くないから、現実にはたくさんの妥協者たちが友人一覧に参列していて、まとめて愛想笑いでかわしている僕だ。 好意を覚えれば覚えるほど、愛想なんて浮かべられなくなる。 なあなあでは済まなくなる。 壊したくないから現状維持がいい、なんて選択肢は無い。 特別になれないなら、ぶっ壊れちまえばいいってのが持論。
だから、直前まで愛の言葉を囁きつつも、フラれた翌日には恨み言、なんてのは良くある話。 自分を選ばなかったその子の何を愛すれば良いってんだ。 「貴方の特別にはなれないけど妥協者の一覧には載せておきたいから今後とも宜しく」なんて都合の良い解答に、どんな好意を連ねておけば良いってんだ。 Love or Hate。 憎む覚悟も持たず、迂闊に人を愛するなんてよく言える。
恋はシタゴコロ、愛の真ゴコロ、なんて言うけれど、感情の清廉さなんて判断基準にはならない。 一方的な片想いはアンバランス故に、恋、なんだよね。 等価値に釣り合ってこそ、センターオブハート、即ち愛。 一方的な奉仕の精神に、バランスの取れないいびつな純真に、愛なんて高貴な単語は当てはまらない。 ならば拒絶された途端に、愛は恋へと成り下がるってワケだ。
そんな泥沼に陥る前に、ハッキリした拒絶を頂戴したいのさ。 妥協も出来ないほどの嫌悪、ニコリとも笑えない拒絶。 その域に在ってこそ、愛なんて言う幻想は幕を降ろせる。 駄目なら駄目で、少しの可能性も与えられたくない。 愛する人に恋い焦がれて焼け死ぬくらいなら、サヨナラの首切りを。 愛は激情。 都合の良い解答なんざすっ飛ばして、掃き溜めの明日へ。
