精神と時のなんたら

 「アイツまだあの話してんのかよ」って思うことがある。 実際、いつまで経っても同じ話ばっかりしてる奴がいる。 エコとか、被災者とか、政治とか、別れた女とか。 “いつまで経っても”と形容することが不謹慎な話題もあるが、どんなに大切な話題でも四六時中聞かされれば嫌気が差すのが人間だ。

 大切なことは胸の中で留めておけばいい。 過去よりも未来、前を向き、大地を踏みしめ、地平線の彼方を見据えることこそが重要なのだと、訳知り顔で真理を説くのが人間だ。

 

 でも、当事者は違う。 過去でも未来でもない現在として事象を抱える当人は、“いつまで経っても”でも、“胸に留めておくべき大切なこと”でもなく、地平線の彼方、断崖絶壁の現在地に、今も佇んでいる。 崖の先から、周りの凡百が眺めているのも知っているんだ。

 知っていながら、判っていながら、解っていないからこそ、乖離は起こる。 どちらも悪くはない。 悪くはないが、理解が足りない。 周りは彼にとっての今を理解し、口を挟まないよう熟慮すべきだし、彼は周りにとっての過去と理解し、口を閉ざすべく忍耐を持つべきだ。 互いの今を正しく識れば、乖離など起こりようもない。 互いを引き込もうとするから、一つになろうとするから、事は狂う。

 

 知っての通り、僕は未だに幾つかの事柄で心を囚われている。 しつこくしつこく、セク神に記し続けるだろう。 それは、みんなを引き込みたいからではなく、一つになりたいからではなく、内情の吐露を繰り返しているに過ぎない。 事情は、周囲への相談、というレベルを超えている。 誰かに相談して、答えを授かる時期は超えているのだ。 解ってる。

 時間のみが解決してくれるこの想いの、時間と共にすり減っていくこの心体の、バランスを取っているに過ぎない。 解決なんて望んでない。 消えない傷でもかまわない。 周期的に嘔吐出来るゲロ吐き場があればそれでいい。 大体、相手はこの一件をキレイサッパリ忘れ去って、過去よりも未来、前を向き、大地を踏みしめ、地平線の彼方を見据えているのだ。 僕だけでも想い続けてやらないと、遺恨のヤツが可哀相だろう?

 

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 大体、一つになるのなら君ではなく、マイペニスがいいに決まっている。 この快感を、射精と共に押し寄せる快楽の波を、脳天から五指の先に至る全身で感じ得ることが出来たなら、それ以上の幸せなどあるまい。 ヴァギナ? TENGA? そんな他者の力は要らない、僕が信じるのは、“神をも屠る幻の右手(マイ・フェイバレット・ライト・ハンド)のみ―――ウッ、ま、また発作が、オナ、オナニーをしないとッ、オナオナ、オナオナオナオナァァーーーーッ!(人生って素晴らしい!)

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