失って気付くクソミソ

 今の職場に就くキッカケは以前の職場をクビになったから(正確には自分の部署が丸ごとキレイに消滅することになった)なんですが、その以前の職場が先日閉店したそうです。 それなりに都会、それなりにデカい規模、それなりに有名なお店だった為、従業員の数も多く、紡がれる歴史も深く、Facebookでは元同僚たちが口々に淋しさを吐露しておりました。 かくいう僕も、ホント、ホントに、・・・

 何の感情も湧いてこない。

 いや、なんでしょうね。 淋しくもなければ嬉しくもない。 思い出もそれなりにあるはずなのに、心の底からどうでもいい。 今こうやって日記に上げてるのも、「俺気にしてないしー何も感じてないしー興味無いしー」という無関心中二アピールではなく、あまりにもタイムラインが閉店ネタで溢れ返っていて、その点に関しては鬱陶しいことこの上ないっていう愚痴意識から。

 

 思うに、店への愛着とかクビにされたことへの憎しみとかではなく、人間への興味なんだろうなあ。 仕事は楽しかったのですが、一緒に働いてた同僚に対する愛着が一切ない。 SNSで繋がってるのもほとんどがネット止まりだし、プライベートで遊んだり連絡先を知ってる人は一人もいない。

 約2年働いてた職場なのに、次に繋がる人間関係がゼロって尋常じゃないよね。 海外留学を繰り返していたり、プロのアーティストだったり、一流のシェフだったりと、能力的にも意識的にも素晴らしい人ばかりだったのに、誰ともつるみたいと思えなかったんだよなあ。 どんなにパラメータが凄くても、人間的にクソつまんなくて、本心晒さず常に何か企んでそうな奴ばっかりだったからなあ。

 同じくらいの年数働いた別の職場では、未だに連絡取ったりよく遊んだりする人が山ほどいるんだぜ? 40歳近くでアルバイターだったり、借金苦に喘いでいたり、ただのサラリーマンで酒しか趣味がないような奴ばかりだけど、それでも人間的な魅力に溢れていた。 勿論、社会的地位やパラメータが整ってる奴だっている。 何が違うんだぜ?

 

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 結局、類は友を呼ぶし、腐ったミカン箱のミカンは全部腐る、ってことなんでしょう。 前の職場にはそういう糞詰まりが集まりやすい何かがあって、僕はその腐臭に馴染めなかったのだ。 これは全て僕の主観話で、一般的にはクビにされた僕の方が脱糞野郎なのだけれどね。

 今回の閉店騒動は、その気持ちに改めて気付かせて頂きました。 さようなら、数少ない、何一つ実りのなかった過去よ。 誰かが話題に出さない限り、思い出すこともないでしょう。 僕の記憶の奥底で、安らかにお眠り下さい。

 

 ・・・とは言え、今までのアルバイト人生の中で、唯一望んでいた職種として就くことの出来た場所だったんだけどな。 言うなれば、上京してフリーターやってまで目指していた目的の場であり、ウン年間の成果とも言うべき場所だったんだけどな。 人間の思考ってのはよーわからんし、あとはこのまま老人になるまで遊び呆けていられたらそれでいいや。 誰が包茎だよッ!(気狂いオチ)

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