ドケチだけど嫌われたくないから奢ったりする人と、奢るのが好きで奢る人。
親切心なんて欠片もないけど好かれる為に親切してる人と、思ったままに親切する人。
空気が読めないから四六時中周囲に気を張ってなんとか空気を読もうとする人と、空気を読める人。
異性を見ると性欲しか沸かないのに紳士を装う人と、紳士そのものの人。
嫉妬心や猜疑心を押し殺して良きパートナーを演じる人と、妬みや疑いを知らない人。
暴力は嫌いだけど自衛の為の葛藤の末に仕方なく殴った人と、必要だから無遠慮に殴った人。
不感症だったけど様々な手段を使って敏感な躯を作り維持している人と、敏感な人。
努力なんて大嫌いだけど目的の為にと歯を食いしばって努力してる人と、努力が好きで努力してる人。
嫌いな人だけど努力して好きになった人と、嫌いじゃなくて好きになった人。
人を殺したくて殺したくて仕方無いけど理性で必死に自我を抑えている人と、特に殺人衝動のない人。
正しさと自分の感情が相反すると知りながら正しさを行おうとする人と、正しい人。
それぞれの感情が爆発せず、最終的に同じ結果を得られるとしたら、どちらの人間が素晴らしいのだろうか。 人間として魅力があるのは、どちらのケースなんだろうか。 言ってしまえば、造形物か、天然物か。 努力か、天才か。 先天性か、後天性か。
尊敬出来るのは、後天性。 でも、憧れるのは、好意を持てるのは、先天性なんだな。 見せかけのヴェールより、裸身の美しさを求めるに決まってる。 誰だってそうだ。 僕だってそうだ。
無い物ねだりをして、僕は最初からそうなんだって、歪な感情を、殺す殺す。 最初から持てる者なんて、実際はロクでもないって知っているのにね。 聖人なんて柄じゃないのに、演じてしまうのは、求めてしまうのは、何故?
先天的な輝きは、何色にでも染まってしまう危うさがある。 後天的な輝きは、ふとした事でメッキが剥がれる危うさがある。 前者は事実であり、後者は懸念だ。 真に評価されるべきは後者なんだ。 整形じゃ無いんだから、努力がストレートに評価されて然りだろう。 山を越え、谷を越え、辿り着いた境地に最初から住んでいた先住民なんかと比較されて、悲劇と呼称されたって否じゃない。
生理的に受け付けなくて排除したい気持ちしかないのに必死に堪えてる人と、人を排除なんて考えた事もないような人。
愛だの恋だのが怖くて怖くて仕方ないのに勇気を出して歩み寄ろうとしてる人と、無遠慮に他者との距離を縮められる人。
世の中に順応出来なくて頭抱えて彷徨いながらそれでも前へ前へと歩を進める人と、疑問無く前へと歩を進める人。
なんだって後者なんだ。 根はいい人より、根は腐ってるけど善人であろうとする人の方が、余程心が強いじゃないか。 腐ってる事は動かしようが無いんだし、そこで選別を始めないでおくれよ。 僕だって、そりゃあ全てに恵まれて生まれたかったに決まってる。 清く正しく、美しいままにね。 糞喰らえ。
