何処まで行っても前科持ち

 「僕、昔は札付きのワルだったんだ。それが今や、社会福祉に精を出すNGO団体のリーダーよ。社会の底辺を見たからこそ、今の地位があると思っているよ」

 「私、昔、人を殺したことがあるの。その経験を活かして、今は紛争地域の最前線で戦場医をやっているわ。命を摘み取った禍根の想いが、消え行く灯火を護る意思に変わったのね。忌まわしき経験だけど、価値あるものだったと思うわ」

 

 うるさい黙れ虫酸が走る、と思っちゃいます瀬駆ですこんにちは。 そりゃ確かに原動力はそこなのかもしれないけど、昔の汚点を美点にすり替えてんじゃねえよと。 アンタがどんなに世界平和に尽力しても、荒れてた時に周囲に与えた迷惑は消えないし、アンタがどんだけの人の命を救っても、失った命は戻ってこないんだ。 

 僕だってそう。 どんなに着飾ったって、改心を謳ってみたって、会社員経験のない過去も、性病になった過去も、友達を怒らせてサイトを潰した過去も、消えない、消えない、消えやしない。 当人同士の心理的に解消されることはあっても、事実だけはどうやったって消えないんだ。

 

 じゃあどうする? 一生涯、消えない傷を庇いながら生きるのか、消えないと判れど、狂ったように拭い続けるのか。 僕は、身体の一部だと自覚する、という開き直りとも取れる精神論が、最も正解に近いように思う。

 それはタトゥーや、火傷跡や、おろろ十字傷のようなもの。 容姿として欠点になり得るという自覚を持った上で、“そういうもの”として生きていくしかない。 赦したり、美徳として受け入れるのはいつだって第三者。 本人は、後生大事に抱えるほかないのだ。

 消えない汚点を聞いて、汚点を肯定することはないだろう。 汚れをキレイって言っちゃうのは、黒を白って言ってるのと同じだからね。 それに、一度汚れたから汚れに対する自覚を持ち、一度も汚れたことのない人よりキレイでいられる、なんてのは暴論過ぎて好きじゃない。 ずっとキレイを維持してきた人の努力をバカにしている。

 閑話休題。 だから僕は、汚いものは汚いと思う。 不快と軽蔑を込めて、汚えなあと思う。 口に出すかどうかは別の話だけれど、胸を張って武勇伝なんか語り出した日にゃあ、全力でツバ吐きかけてやりますよ。

 僕なんかは、ツバ吐いて欲しくて汚点晒してるようなところあるし。 貶されて、やっぱりこれはダメなんだって何度も再認識して、自覚を強めてる感じ。 何度も何度でも、繰り返さない為に。 

 

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 でもまぁ、それはそれ。

 

 へぇー、昔そんなことしてたんだー、最低だねお前、引くわ。

 あー、その傷は醜いねー、無ければキレイな顔してるのに、惜しいねー。

 

 でもまぁ、それはそれ。

 それはそれとして、お前と一緒にいると自然に笑いがこみ上げてくるんだよな。 やー、率直に言うと楽しいんだわ。 これからもずっと、楽しくやってこーな。 え、過去? 今その話、必要? 必要ないなら、黙って遊ぼーぜ。

 仮にゴキ○リをむしゃむしゃ食ってたって、お前が友達な事に変わりはねえよ。 いや、さすがに一緒にメシ食ってる時にゴ○ブリ出されたらドタマ小突くけど。 そう言うお話でしょ? そう言うお話ですよ。

 

 そう、言われるような自分を形成していきたい。 10年先も、20年先も。 それが前科者の生きる道。

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