一途、って言葉に憧れを抱いてた時代もあった。
僕にとっての一途とは、絶大な貞操観念と潔癖感に縛られた、無垢そのもの。 不義や虚偽とは相反する位置にいて、何よりも気高く、穢れぬ、孤高の存在。 そんな人を愛でたいと想っていたし、今でもそんな超存在があり得るならば、あり得た上で僕を想ってくれるなら、生涯を添い遂げたって構わないと思っている。 望んでる。
しかし、現実の一途はただの向こう見ずであり、依存であり、他者にとっては害悪であることが多々だと知った。 想いを遂げる為ならスパイスとしての浮気も辞さないし、本命の利益になるのならその他大勢からの貢物を質に出したり、何食わぬ顔で自分からのプレゼントに昇華したりする。 何が相性不良だ愛情不足だろ。
どんな下衆な行為も、免罪符は“オンリーワン”の為。 バレなければ、嘘だって厭わない。 愛する一点以外の全てを踏み台にして、崩れれば唾棄、また新たな踏み台をってな瓦礫の山作り。 頂上で死骸に塗れながら「ね、あたしって一途でしょ」なんてほくそ笑む。 至上の君にのみ誠実を貫き、全人類に不誠実を穿つ一途とは、即ち精神錯乱者の大量殺戮に等しい。
上記が僕の考える“一途”。 だけど、世界が同じ認識を持ってるとは限らない。 僕が想う殺戮者を、殺戮者と認識した上で肯定する人が山ほどいる。 「それでも、愛する誰かを愛し続けるだけで、十全に素晴らしい」「自分が愛されれば何の問題もない」なんて心からの称賛を贈るんだ。
例を挙げよう。 かつて僕は、愛する彼女の冗談を真に受け、三階に位置するファミレスから窓をぶち抜き、コンクリートにダイブした鳥人間を知っている。 骨折した彼は後日「彼女が喜んでくれたのならそれでいい」と誇らしげに語った。
確かに彼女は爆笑していたけど、お店や連れに迷惑をかけているし、何よりそんな男の彼女(笑)というレッテルを恋人に貼ってしまった時点で、本人の望む望まないに関わらず、最も大切な者に傷を付けているワケだ。 以上の理由により、僕は気狂いとしか思えなかったけど、彼の行動に感銘を受けたり、少し程度を抑えれば問題ない、と許容してしまう人が大勢いた。 誰のどんな論を聞いても、僕は気狂いとしか思えなかったけど、それでも賛否は分かれたのだ。
捉え方一つで世界は変わる。 僕の良識なんて簡単に覆されるし、お前の常識だって簡単に粉砕される。 最善を尽くすことは出来ても、最善を成すことは適わない。 そうやって世界は成り立ってる。 そうやって世界は抗ってる。
じゃあ僕はどうしよう。 理不尽に思える正論とやらに異を唱え、レゾンデートルを賭けた聖戦にでも身を投じようか? 資格も正しさも必要ない。 試されるのは覚悟と、己を貫く度量。 そんなものでよければ、いくらでも賭してみせよう。 高ければ高い壁の方が、登った時に気持ちが良い。 君の言う通り。
けど、自分が正しいから他全てを諭すなんて、なんて傲慢な一途ちゃんなんだろう。 同じ穴の狢、一寸先は闇、ホラ、またもや君の言う通り。
じゃあ、ジッと耐えようか? 世界の為に僕一人が犠牲になるなんて、ヒーロー気取りの戯れ言は聞くに耐えない。 そんなのは僕も、世界も、望んじゃいない。 望まれるほどの価値なんて、僕個人にはない。 当然のこと。
んで、揺らがすのもダメ、揺るがないのもダメ、じゃあ八方塞がり? そうじゃない。 大きな議論へのすり替えに躍起になってないで、僕らは視点を変えるべきだ。
つまり、大きな器を持つことの重要さ。
世の理不尽に反するばかりではなく、屈するのでもなく、受け入れる度量。 君を幸せにしているもので、僕も幸せになれるように。 そんな想いを、一人一人が抱けるように。 前進も後退もせず、輪を築ける強さを、僕らは求めていくべきなんだよ。
倫理観なんて曖昧なものに、全力を費やすなんて莫迦らしい。 何かに抗う直接的な強さは、もっと身近な、僕本来の道における岐路まで取っておこう。 対象を誤らず、雌伏の時を悠々と過ごせ。 戦いの日は、いつか必ず訪れるから。
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暗い目をしていたって、この星のリズムは君に笑顔降らすから。
どんな理不尽もコメディーに見えて来るまで、大きいハート持てるといいな。
もっと、もっと、もっと。
